私の人生は壁ばかりでしたが、介護福祉士になり明るい兆しが見えました。

現役介護士に話を聞く「深イイ話」

現役介護士の深イイ話

インタビュー実施日:2021年12月26日

現役介護士にインタビューすることで、介護職として働くことのメリット、デメリットを伝え、これから介護職を目指そうとしている人達の背中を押すことが最終的なゴールです。

プロフィール

小中学校まで健康優良児で過ごしていましたが、高校生の時にいじめに会い精神疾患を患ってしまいました。両親の努力により定時制高校は卒業しました。

集団生活が苦手になり、アルバイトや主にインターネットのフリーランスで仕事を受注するようになりました。主にホームページ制作や音楽制作です。

30歳前後に福祉施設に通うようになりそこで今の妻と出会いました。10年ほど二人で邂逅を続け自分が40歳の頃に子供を授かりました。

一念発起して介護福祉士の短大に入学して、そこで様々な人に会い成長していきました。

それから障害者24時間介護・特養スタッフ・小児医療介護スタッフ等を様々な業種を経験していきました。

介護福祉士 siroさん

あなたにとって介護職とは?

自分自身の事のようにお世話するのが私の介護です。

高齢になり亡くなる瞬間まできちんと看取る事。他人であってもそうでは無い何かを心に残していきたい。

血は繋がっていなくても繋がっていたい、それが私の介護です。

私のざっくり変遷記(職務経歴概略)

  • 2015年4月~2017年3月
    介護福祉系の短大に入学
    大学入学前に放課後等デイに勤めていて、そこで1年半障害の事を学びながら働く。しかし学びの不足や専門資格を取っていない事がハンデになってしまう。そこでハローワークに制度である2年間の委託訓練に申し込む。入学試験も無事通過し大学に入学する。
    生徒は皆若い人ばかりで最初はかなり臆したが徐々に仲間もできていき、自分の得意の楽器演奏の仲間もできた。そんな時学校に先生の知り合いの障害者グループが訪問する。その人たちは、今助けなければならない障碍者がいるので助けてほしいと訴える。私は訳が分からなかったが、すぐさま応募した。なんとか助けたいとの気持ちが強かった。応募も受け入れられ、学校が終わる金曜日の夜から月曜日の朝への夜勤が週一で始まった。
    勤務内容は筋ジストロフィーの利用者の生活すべてを支えることだった。手足は動かないが意識や考えは聡明なのでその意見に従って介助をするという内容だ。
    様様な人が利用者へ訪ねてきてそれにも対応し、時には一緒にテレビゲームをすることもあった。時給も当時の平均より高かったこともやる気に繋がっていた。
    その利用者はあまり長く生きられないとの診断が出ていた。そのため存命しているうちに色々な事をしたいと感じた。利用者には彼女がいてその電話の受け渡しなど、人生を楽しむための事の橋渡しもした。
    学校でも実習が始まり、高齢者施設で複数行った。そこでは自分が高齢者と仲良くする姿があり、自分は障碍者も大丈夫だけど高齢者も大丈夫なのだなと気づく。
    大学も終わりに近づき、障害分野に行こうと思う自分に友人が、「介護福祉の大学に行ったのだから高齢に行かないのか?」と言われ心が動き、最初の就職は高齢者施設に行こうと決める。
  • 2017年4月~2019年3月
    最初の現場:特別養護老人ホーム
    フルタイムの現場として初めて入った現場は特別養護老人ホームだった。何もかも初めてでおむつ交換もまだまだの状態だった。がむしゃらに最初はやっていた。負けたくないという気持ちも強かった。だけどご老人の皆さんはいつも優しく私を受け入れてくれる。
    つらいことがあっても一晩でいつも回復できた。おむつ交換は3か月くらいで大体慣れてきた。だがまだまだ覚えることは多く、日々の雑務をメモ書きして覚えていった。職員に信頼を置いてもらう事も大変で、中には気性の荒い職員もいるので気を使った。
    更に数か月立つと夜勤が始まった。夜勤ではコール対応がメインで最初は二人だったが、じきに一人となった。20人を一人で看る夜勤で、おむつ交換は3回ある。ほとんどの利用者がおむつ交換だった。中には不穏になる人もいて対応にも苦慮した。
    このような中で徐々に疲弊してしまい、希望であった障害分野に行く気持ちが膨らみ退職を決意する。
  • 2019年4月~2021年7月
    小児医療施設に就職
    以前から求人は見ていて自宅から少し遠いがここならやってみたいと思っていた現場だった。超重症児のお世話をするのが仕事だった。看護師と介護士がタッグを組み仕事にあたる。看護師の方が主導権を握り介護はそのサポートをする感じだ。
    子供はかわいくて最初から様様な子供と触れ合いスキンシップを繰り返した。中には大変な家庭の子供も多く、心に傷を負っている子供もいる。そんな子に自分はギターによる音楽で心を温めることも行った。
    ただルーティーンで決める事が多く、マニュアルが綿密に決められていて、ここでやりこなせたらどこでも出来るというのが職員の意見だった。
    おむつ交換も首に管をつけながら行う介護に苦慮した。命がかかっているので難しかった。中には管が抜けて大事になる事もあった。
    子供と触れ合う事、それが全ての現場だった。
  • 2021年7月~現在
    特別養護老人ホームに就職
    再び特別養護老人ホーム戻った理由は、介護士中心の現場に戻りたかったからだ。それとケアマネージャーにもなりたいと思っていた。
    しかしまだ苦難は続き、なかなか夜勤まで認められない状態が続き、昼勤で毎日を過ごす。1フロア30人以上いる現場で覚えることが大変だった。メモが山積みで実習時代を思い出す現場だった。
    先日やっと夜勤OKが出て年明けに夜勤に向かう。

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私はこんな介護士です。

私はこんな介護士です。

私は、人と触れ合う事で喜びを感じたい介護士です。

私は障害を持っている事もあり、様々な嫌なことが多かったです。だからこそ介護福祉に夢と希望を持っています。利用者である自分もいてスタッフでもある自分もいる、そんな状態に自分は感謝しています。

大学の時に「私は何の役目を持って生まれたのだろう」と問われた気がしていました。時には色々本を読み、眠る前に長考を行い、色々な場所に出向いて色々な人に会いました。

車の運転も得意で、東京都内の下道も難なく運転できます。いつもどうしたら介護に結び付くかを考えているような気がします。

考える事や段取りを踏む事も業務上重要視しています。ただ夜勤などは臨機応変が必要なので例えばヘッドライト等のツールも使います。

知識と臨機応変の2つがあれば良いなと思っている介護士です。

編集部
編集部

どのようなことをキッカケに介護士になったのでしょうか?

介護に入る10数年前に、友人を自殺で亡くしました。その時に自分は判断を誤り話さないまま亡くなってしまいました。その後何年も悔しい思いにふけっていました。

その後障碍者施設で利用者として過ごす事もあり、段々と利用者としてでは無く、スタッフとして利用者を守りたいと思い始めました。銭金では無く、正義や人権、それが多く欲していました。

人を守る事が自分につながる事も知っていました。話す事や介護することで人を守る、それが自分の生涯の役目だと感じていました。

しかしもう一度学校に行く余裕は無かったのでなかなか介護福祉の道には行けなく、やっと制度を知り、安心しながら学校で介護福祉士を取れたのでした。

他にも、やり甲斐や誇りを持って働く介護士がいます

転職してよかった。思い切って市役所事務職から介護職へ
システムエンジニアから介護職へ。思いやり、やりがいのある仕事を
クビ同然で会社を辞めた私が転職して介護現場の責任者になれた理由
将来の夢は自分の介護施設を持つこと。資格取得で変わった介護職のイメージ
【ベネッセスタイルケア】現役介護職35歳の年収は?残業や夜勤回数は?
編集部
編集部

介護士になって良かったこと、やり甲斐は何ですか?

とにかく人と触れ合う事が多い現場です。あと働けば働くほどキャリアに繋がる現場です。介護福祉士になって社会的身分も確立され求職にも苦労しないです。勉強すればもっとポジションも上がる事もよい事です。

一番は心が晴れ晴れする事が多い事ですね。目に見えない結果があるので日々の苦労が報われます。必ず一つの現場で相談できる職員ができるので長くやると人脈もできます。

色々な事を思い出す事が多いです。人生で起きたこと。

色々な事。自分の人生設計も考えします。目に見えない事が多いです。健康に注意して体力を付けて幸せに暮らせそうな気分になります。

編集部
編集部

印象に残っているご経験はどのようなことですか?

第3段階の実習先での出来事でした。このことは学校の卒業論文にも書きました。

実習先は特別養護老人ホームで1フロア20人くらいの施設でした。自分はこの実習段階で自分自身の先に繋がる事をしたいと思っていました。

例えば音楽やレクそして心身の良好への導きなどです。

ある高齢者の女性に出会い、この人の心身状況を少しでも改善したいとレクリエーションを提案しました。勿論名目上は利用者全員へのレクでした。企画の段階で実習担当者や機能訓練士と相談を重ね、1時間くらいのレクリエーションの時間を取らせて頂きました。

安心安全をモットーとして始まり、形態模写やものまね・即興ラップなど皆の笑いを取りながら、最後に気になっていた高齢者が大好きな歌手の曲を流しました。するとその方は歌を口ずさみ始めたのです。

後日の施設の夏休みでその方の娘さんに会った時にそのことを話すと、お母さんが歌うなんて信じられないと驚かれていました。

私はレクリエーションの力をぐっと感じました。

編集部
編集部

仕事に就かれた当初苦労されたことなどありましたらお願いします。

とにかく排泄・入浴・食事介助が慣れずに大変でした。おむつは上手くいくまで3か月かかりました。食事は嚥下状態を素早く正確に確認するまで結構な時間がかかりました。入浴も最初に入った施設で徹底的に訓練されました。

日々の生活の中で、介護の事を考え始めたのも最初の1年です。それも慣れてくると楽しくなってきました。

あとなかなか夜勤に入れなかった事もきつくはありました。認められていないのかなとも悩みました。とにかく施設の24時間を知りたかったからです。

高齢者とのコミュニケーションも最初は不評を買った事もあり、怒鳴られたこともあります。そうした中で個々に全体に評価を上げるこつを掴むのが大変でした。

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編集部
編集部

日頃から大切になさっていることはなんですか?

とにかく観察眼と状況把握と弛まぬ勉強心ですね。そうすると自信がつくので自然に笑顔も出やすいです。勉強といっても資格の勉強だけでは無く、こうやってブログの文章を書いていくのも過去をフィードバックする勉強だと思います。

あとランニングと無理をせずウォーキングもします、公園を散策して体を動かしています。遠出も行い見分を広げています。

子供がいるので子供の目線で行き先を決めて、家事も手伝います。日々の生活の中で特別なことはせず質を上げて行きます。

編集部
編集部

今後やりたい事や目標などありますか?

できればケアマネージャーを目指したいです。直近の目標は夜勤を月に5,6回こなせることですね。利用者担当者になり家族と交渉して支援計画にも参画したいです。できれば看取りまで行ってエンゼルケアも行えるようになりたいです。

人は生まれ必ず亡くなるので、特別な事をするのでは無く、故人の気持ちを尊重するような看取りを心がけたいです。

できれば高齢者・児童・就学児の3者を見られるような総合施設に勤めたいと考えることもあります。今まで障害・児童・高齢者施設と様々な経験をしたので見方自体は広いと思っています。

ケアマネージャーやサービス管理責任者やサービス提供責任者など事務方もいずれ経験を積んでいきたい流れではなるかも知れません。

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編集部
編集部

これから介護の仕事を目指している人へメッセージをお願いします。

これから介護の仕事を目指している人へメッセージをお願いします。

とにかく自分に無理をしない事。ズバッと決める所は決める事。それはなんでも良くて自分のストロングポイントになります。弱点はゆっくり直す事。

何故かと言うと自分の弱点を直すのは心が痛むからです。明るくて強いストロングポイントができたら信頼も得て弱点も見えにくくなります。

あと自分の行動の指針になる勉強は欠かさない事。ネットでもいいし行動による勉強でも良いです。誰かにそのことを話すとより自分にフィードバックされます。自分は社会福祉士に話す事で随分フィードバックされました。

自分は明るい介護を目指しています。新しく介護を始める人達も自分に何か夢や希望があると思います。くだらない人の意見に惑わされないで自分の軸を強くしてください。人関係が全ての現場なので自分自身が一番試されます。

他の人の方が有利だと思わない事。皆自分のポジションで苦労しています。きつい言葉を言われたときはその人も悩んでいると思われます。

気分転換を沢山持つこと。なんでも良いんです。自分自身を信頼してください。そうすれば未来が作られます。

皆様に安心な未来を願います。

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