【体験談】福祉系専門学校の教員時代にうつ病発症。介護福祉士として復帰までの道のり

介護職の働き方を考える
※画像はイメージです。
うつ病を心配する人
うつ病を心配する人

うつ病になったらどうなるの?うつ病かと思ったら?うつ病の初期症状や発症原因を知りたい。うつ病にならない為には、どのような事に気をつければいいのだろうか?

はじめまして、私は福祉専門学校卒業後、老人保健施設、介護療養型医療施設、福祉系専門学校教員、特別養護老人ホームと働いて11年目になる介護士です。

今現在は、県内の特別養護老人ホームの現場で介護士として働いており、経験年数的にベテランと呼ばれる事もしばしあります。

また、他の職員の指導や新人教育をさせて頂く立場にあり、今の施設では日々楽しく、やり甲斐ある仕事に就かせて頂いています。

しかし、そんな私も少し前までは介護の仕事にやり甲斐が見出せなくなった事や、自分のキャパシティを超えた仕事量を抱えてしまって、いわゆる「うつ病」になってしまった過去があります。

ここでは、そんな私の経験からうつ病発症までの原因や対策、実際の体験談をお伝えしていきたいと思います。福祉系の仕事しかしてきていない私ですが、どんなお仕事にも共通するような点もあると思いますので、ご自身に置き換えて読んでいただけると、よりお力になれる記事になるのではないかと思います。

記事のテーマ
  1. うつ病に関する兆候や初期症状について
  2. うつ病体験者による体験談とその症状
  3. うつ病にならない為の具体的な対策

質問があれば気軽にコメントください

私のうつ病体験談

私のうつ病体験談

まず、この章では私がうつ病になるまでから、回復期、社会復帰までのお話を実際の体験談をもとに細かくお話していきたいと思います。

あまり思い出したくない事ではありますが、すべて事実の出来事なのでご参考にして頂けると嬉しいです。

その①:私がうつ病になった仕事とは?

この記事の冒頭でもお話した通り、私は専門学校卒業から現在までの10年間ずっと福祉関係のお仕事を続けてまいりました。また、ダブルワークで他の福祉施設の夜勤バイトを並行していた事もあり、老人施設でのお仕事についてはある程度熟知していると自負しています。

しかし、そんな私でも手に負えないくらいの仕事量を抱え、自分の能力を完全に超えてしまっていた職務に就いた事がありました。

それは、福祉系専門学校の教員のお仕事でした。

実はこの時に就いた専門学校こそが私の母校でもある、専門学校での事でした。

この母校で働くことになった経緯としては、その前に勤めていた介護療養病床で働いていた時に、この学校の恩師から推薦を頂き、教員として働く事になりました。

その恩師はそこで校長を勤めた後に退職され、今は福祉関係の研修運営のお仕事に就いており、その関係で専門学校とも繋がりがあり、今回の話が舞い込んできたと仰っていました。

専門学校入職当初の事

私が、この専門学校に入職したのは3月末のちょうど新年度前の時期で、同じ新任の先生が他にも(私以外に介護学科、保育学科に一人ずつ)2名おられました。

4月に入るまでは、別室で資料や書類の整理、校内の掃除などほとんど雑務ばかりで教員らしい仕事はありませんでした。私や同じ信任の先生方も『意外とすることないんだね』と言いながらゆったりと過ごしていました。

しかし、4月に入った途端そんな日々が恋しくなるくらい忙しくなっていくのでした。

介護施設の現場で介護士が不足していると同様に、専門学校の現場でも教員が不足しており、新任の私たちはすぐにそれぞれの学科で担任を任される事になりました。

もちろん、今まで担任どころか教壇に立った事もない私達ですので、何をどうしていいのか右も左もわからない状態、各学科長も各々の仕事で私達の指導をする暇もなく、簡易的なシラバス(年間授業計画表)を渡されただけで、具体的な指導や教育はなし。

私達は焦りと不安だけを抱えたまま入学式を迎えるのでした。

自分の限界を感じる

緊張と不安で押しつぶされそうになった入学式でしたが、学生の前ではそれを必死で隠すように努めました。何とか入学式を終えたのも束の間、ひと息つく暇はなく、すぐに授業の日々が始まりました。

入学式等でバタバタしていた中だったので、結局授業準備をする暇もなく、教科書一冊で私は授業に臨む事になりました。

とりあえず、前日に予習していたことを伝え、学生に順番に教科書を読んでもらうという簡易的な授業では、もちろん学生の集中力や心を掴む事は難しく、次第に居眠りする学生が増えてきてしまっていました。

それでも自分なりに知恵を絞り、知り合いの教員にアドバイスを頂くなどしてグループディスカッションやアクティブラーニングを積極的に授業に取り入れました。

そのおかげで少しは授業の負担が楽になりましたが、それが続いたのもつかの間、何故か外部講師の授業準備までも担任教員が行う羽目になり、だんだんと私の授業準備も追いつかなくなっていき、私は授業準備などの仕事を家に持ち帰ってするようになっていきました。

毎朝5時頃に起き、その日の授業の予習や準備をして学校に行き、着いてからも職員室等の掃除や朝礼をして学生を迎えている内に授業時間になります。昼休憩の時も学生からの質問などに対応していると昼ご飯を食べる暇もありません。

学校が終わってからも翌日の授業準備や、学校行事の計画作成、毎月行われるオープンキャンパスなどの準備がある日は、帰宅時間が夜の11時を超える事も多々ありました。

施設介護とはまた違う、慣れない仕事に疲弊し、家に帰るや否や玄関で倒れ込むように寝てしまう、という日も少なくありませんでした。

そんな中、数少ない休みの日も家で授業準備や担任業務などを行わないと間に合わない始末、私の頭から仕事の事が離れる時間は、ほとんどない状態でした。

そして、うつ病を発症する

そんな日々が半年続いた頃、私は結婚していたパートナーとの食事中に急に涙が流れでるのでした。その様子を見て驚いたパートナーでしたが、私の日々の様子も見ていたので、すぐに状態を察知し仕事を変えるように私に言ってくれました。

しかし、当時の私は、「辞める事=逃げる事」という想いが強く、意地やプライドもあり、それを断り続けていました。

それからさらに1ヶ月、とうとう私の精神的キャパシティが崩壊したのです。

この辺の記憶が曖昧なのですが、この頃の休みの日は魂が抜けたようにぼーっとしている日が多かったように感じます。

そしてある休日に私は行動を起こしてしまいました。

毎日のように流れていた涙も枯れ、ホームセンターで縄を買い、気づいたら山奥まで行っていました。

そして木に縄をくくり付け、私は首にかけようとしました。

その途端、専門学校時代の先輩から遊びのお誘いのLINEが届き、我に返ったのです。

そしてその先輩に事に成り行きを話すと、先輩は後日私を精神科病院に半ば強引に連れて行ってくれました。

結果私は『抑うつ』と診断され、精神科病院にて保護入院する事となりました。

その②:うつ病からの回復

私が入院したのは、おそらく県内で一番大きな精神科病院でした。先輩は身内にも似たような症状の方がいた経験があったことから、私の身の危険を察知してくれたのかも知れません。

入院初日から入った部屋は、ベッドとむき出しのトイレしかない殺風景な部屋でした、枕には枕カバーがなく、布団にもカバーはなし。窓も開ける事ができず、ドアノブもありませんでした。

後からわかった事が、自殺企図(自殺を企てる事)のある人には首をくくる紐や引っ掛けるような場所がないように、何もない部屋に入れる必要があると知りました。

私はそこでベッドに横たわったまま、ただぼーっと1日を過ごしました。今まで感じていた焦燥感はなく、『もう何もしなくていいんだ』という安堵感が私を包んでくれました。

病院での生活

その部屋で一晩を過ごし、その間に何度か看護師の方がお話を聞きに来てくれました。その内容は『今の気分はどうですか?』や『好きな事はなんですか?』などの話でした。

その時に忘れていた自分の趣味の事や、周りの大切な人達の事を思い出しました。

おそらくその会話もカウンセリングのようなもので、私の心の状態を見ていたのではないかと思います。

そこから少し穏やかに安らいだ私をみて判断されたのか、私は通常の個室に移動する事になりました。

通常の部屋になると部屋から出て食堂やテレビスペースにも自由に出られるようになり、そこで他の患者の方と関わりを持つ事もできました。

私が入院する前に想像していた精神科は、ぼーっとしている方や、精神が崩壊して叫んだり暴れたりする人達ばっかりなのだと勝手な想像をしていましたが、私のいたフロアはわりかし穏やかでパッと見ただけでは普通の人にしか見えない人達ばかりでした。

退院までの道のり

私は結局この精神科病棟に2ヶ月間入院していました。

毎日色んな看護師の方が私の部屋まで来て、優しく話しかけに来てくださり、少しずつ心の傷が回復していく実感がありました。面会の許可もでて、毎日お嫁さんも来てくれていました。

その甲斐もあって1か月経った頃には外泊(1泊のみ)の許可がおり、私は1カ月ぶりに自宅へ帰る事ができました。

初めての外泊の時は不安を感じ、少し動悸がしたのを覚えています。

それは自宅に帰る事であの頃(専門学校の事)を思い出す事になるからと医師も仰っていました。

しかし、その動悸も徐々に外泊、外出の回数を増やしていき慣らしていく事で、少しずつ落ち着いていきました。

そして私は無事退院の日を迎える事ができたのでした。

その③:うつ病から社会復帰まで

退院後、医師からは『在宅療養』とし、仕事の事は考えずに好きな事をしてくださいと言われました。

ただ、パートナーが毎日働いているのに自分が働いていないと焦りや申し訳なさがうまれ、回復が遅れるのではないかと思ったパートナーや私の親が実家への帰郷を進めてくれました。

私は2週間ほど実家の親のもとで暮しました。

そこでは精神科病院に入院した当初の安らぎや安堵感があり、少しずつ私の心の力が回復していくのを感じていました。

退院してからも週に一回程病院に通院し、現在の精神状態や次のステップへの診察を行い、徐々に睡眠薬や抗うつ剤を減らしていく事ができました。

そして完全に薬を飲まなくても良いと診断を受けた時に、専門学校へ退職届を出しに行くことになりました。

退職してからは、ハローワークや友人の紹介などをもとに就職活動をはじめました。

はじめは、福祉業界を離れる予定でしたが、いきなり慣れない仕事に就くと、またうつ病をぶり返すのではないかとのパートナーや親の心配やアドバイスもあり、私は友人が働いている施設で介護福祉士として現場復帰する事に決めました。

それが今、現在私が働いている特別養護老人ホームであります。

私の経験から推測する、うつ病の兆候

私の経験から推測する、うつ病の兆候

この章では実際にうつ病になってしまった私が感じる、うつ病の原因やその兆候を、全章の体験談をもとに、分析しお伝えしていきたいと思います。

その①:趣味や以前から好きだったものに興味がなくなる

教員になり多忙を極めていた時には全く気づきませんでしたが、以前から好きだった物や趣味に全く興味がなくなり、仕事以外の事は考えられない状態にありました。

今になってよく分析してみると、興味がなくなるのではなく、考える気にならない、または考える暇すらないという状態だったのではないかと思います。

私は教員になる以前からカフェや自宅でコーヒーを淹れるのが趣味でしたが、自宅でゆっくりコーヒーを淹れる気にもなれず、そんな時間を作る余裕もなかったように思えます。

それを気にしていたパートナーも、休日に私をカフェに連れて行ってくれたのですが、おそらく私はその時間も心から楽しめていない状態だったと思います。

その②:感情失禁がおこる

これは私も初めての出来事で、今思い出しても何故かと考えてしまう事でしたが、おそらく不安や焦り、緊張や恐れといったマイナスな感情を日に日に溜め込んでいた事が、涙という形で溢れでてきたのではないかと思います。

男としてパートナーに弱音を吐けない、辞めることはできないと逃げ道を作らずに進んでいったことで、マイナスな感情が徐々に膨れ上がり、私の中の何かが爆発したようにも思えました。

介護士としてのうつ病対策

介護士としてのうつ病対策

ここでは、私の体験談からうつ病にならないようにするためには、どのような事を心がければよいかを私の反省点も含めてお伝えしていきたいと思います。この項目に心当たりのある方は特に注意してご覧ください。

その①:抱え込まない

私の一番の失敗は、自分1人で抱え込んでしまっていた事でした。

以前の私は男として弱音を吐いてはいけない、カッコ悪いなどと、変なプライドや意地があり、仕事の話や愚痴などは誰にも言わないようにしていました。

しかし、今思うとそれが自分自身を苦しめ、このような結果を招いたのだと感じました。

実際には弱音を吐いてはカッコ悪いと思っていたのは私だけで、パートナーや家族、友人の方たちは、私にもっと頼って欲しいや、相談して欲しいと思っていたという事がわかりました。

結局、私のような結果になってしまうと、余計に周りに迷惑をかけてしまうので、そのようになるくらいなら少しずつ周りに相談していき、最悪の結果を避けるようにしていったほうが良いと私は思います。

その②:趣味を持つ

これは、対策というよりどちらかというと回復期に良い影響を与えてくれた事ですが、退院してから自宅療養中の間は職探しはせずに、趣味のコーヒーに夢中になっていました。

何もしないでいると、社会からの疎外感や自分が世の中に必要のない存在なんだと感じて、余計にうつ病が悪化するケースもあるとの事でしたが、私は趣味のおかげで退院後もあまり余計な事を考えずに、療養する事ができました。

仕事以外で心が安らぐ事、ドライブや映画鑑賞などでも良いと思うので、そのような時間をつくっておく事も大切なのではないかと思いました。

私個人の意見としては、介護士のお仕事は大変ではありますが、シフト制という事もあり、希望を出せば休みの日を指定できる職場も多い為、趣味の時間を作りやすい職業ではないかと感じています。

その③:相談できる相手をもつ

これは①の抱え込まないと似ていますが、私のこの経験から悩みを抱え込まない為には、日頃からパートナーや先輩などに相談や愚痴を言える関係性を作っておく事が大切だと思いました。

変なプライドのあった私でしたが、結果的にこのような事になると、余計に周りに迷惑や心配をかけてしまう事になるので、そうなるくらいなら日頃から少しずつ弱音や相談をして心のガス抜きをしていく事が一番の予防策になるのではないかと思います。

介護士の現場での仕事も、入居者の方のリスクマネジメントや汚染対応などは精神的にも身体的にも大変なお仕事です。また、管理職などの役職に就くとそれに加えて部下や後輩の指導や管理も増え、ストレスフルな状態となり、途中で休職される方も今までに何人も見てきました。

そのため、普段から悩みや相談できる、またはしやすい相手をつくっておく事が大切なのではないかと感じさせられました。

その④:必要以上にモチベーションを高く持たない

これは私の個人的な見解でありますが、当時の私は周りにも福祉業界で働く同年代の友人も多く、教員に推薦された当時『これから介護士としてこの業界を盛り上げていこう!』などと周りに言いながらやる気に満ち溢れていたのを覚えています。

しかし、実際の介護教員の仕事は想像していた華やかなものでは決してなく、隠された苦労や地味なお仕事がたくさんあり、そのギャップも自分をネガティブな感情に陥れた要因の一つではないかと思っています。

それは完全に私の甘い考えや世間知らずな面があったからだと思いますが、何事にも言えた事かも知れませんが、あまり過度に期待し過ぎない事も大切なのではないかと今になって思う事があります。

うつ病治療におススメの病院選びとは?

うつ病治療におススメの病院選びとは?

この章では、実際に自分がうつ病ではないかと感じ、周りにそのような疑いのある方がおられる時には、どのように病院を選んで受診すれば良いかを、私の経験談からお伝えしていきたいと思います。

ポイント①:数ある心療内科の中でどのような医療機関を選べば良いか

前述にもお伝えした通り、私が入院することになった病院はおそらく県内で一番大きい精神科病院でした。

そのため、精神科専門の医師が複数名おられ、専門分野に特化した看護師の方がたくさんおられる病院でありました。

その事もあり、受診時に私の状態や緊急性をすぐに察知して措置入院という形をすぐにとってくれたのではないかと思います。

体験談の章では省かせていただきましたが、実はこの精神科に連れて行ってくれた先輩には、入院前に一度話を聞いてもらっていました。

その時に先輩から頂いた助言では、クリニックや小さい個人病院ではカウンセリングと称し話を聞いて貰えるだけの場合が多いので、重症なケースではすぐに大きな病院に行ったほうが良いとの話をされました。

その時は自分から受診に行く事はしませんでしたが、私のようなケースもありますので、本当に辛い場合はとりあえず大きな医療機関での受診をおススメします。

ポイント②:医師の診察に加え、心理士によるカウンセリングが受けられるか

私の場合は、すぐに入院が決まりまさしたのでカウンセリングは入院時の病室で毎朝行われていました。

カウンセリングといっても、私の場合はすでに入院しており、うつ病の原因だった学校から守られている安心感があったので、朝の挨拶から気分確認、これからどんな事がしたいかなど何げない会話でありました。

しかし、普段の生活に比べて、人との関わりが少ない入院生活では、私にとって楽しみの時間の一つになっていました。

前章でもお伝えした通り、うつ病を発症するような方は悩みや相談をする事が苦手な方が多いのではないかと思いますので、しっかりと傾聴のプロからのカウンセリングを受けられる病院を選ぶ事も重要なポイントの一つではないか思います。

まとめ

過度な表現や聞く人によっては現実離れしたお話であったかもしれませんが、これは実際に私の身に起きた本当の出来事です。

確かにうつ病になる前は、私自身も精神病なんて自分には無縁で他人事のように思っていました。

しかし、この病気になった事で私の周りにいた、私から見ても『この人はメンタルが強そう』と思う人達が『実は私も、昔うつ病を発症していて・・・』と次々に話してくださる機会が何度かあり、私はこの病気は決して他人事ではなく、誰しもがかかりうる可能性のある病気なのではないかと思わされました。

どうかこの記事を読んでくれた方には『私はきっと大丈夫』と思わず、日頃から自分自身を大切にし、周りの方にそのような疑いがあれば、優しく寄り添ってあげて欲しいと心から願います。

この記事を書いた人

カフェフリーカー

県内の福祉系専門学校に入学し、卒業と同時に介護福祉士の資格を取得。

その後県内の老人保健施設、介護療養病床、福祉系専門学校教諭を経験し、現在は県内の特別養護老人ホームにて勤務。さらなるスキルアップの為新しい専門資格にも挑戦中。

経歴

  • 2007年4月~2009年3月:福祉専門学生
  • 2009年4月~2015年3月:老人保健施設 介護福祉士
  • 2015年4月~2017年3月:介護療養型病院 看護助手兼ケアマネジャー
  • 2017年4月~2017年11月:福祉系専門学校(母校) 介護教員
  • 2017年12月~現在:特別養護老人ホーム 介護福祉士

資格

  • JSFCAコーヒーソムリエ
  • 介護福祉士

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