
入院している間に取り付けられた手すりや購入した福祉用具は実際に使われてないことも多いけど、どういう基準で選ばれたりするの?住宅改修の必要があるけどすでに限度額をオーバーしているので、新しく取り付けられません。
訪問リハビリを行っていると、時々出会うのが不必要に取り付けられた手すりや倉庫に眠っている福祉用具たち。
使っていないだけならまだしも、利用者のADLを妨げてしまう場合があります。
なぜこういったことが起こるのでしょうか。病院の退院前訪問と訪問リハビリの両方の現場で従事した筆者が解説します。
- 訪問リハビリ担当者が退院前訪問に同行すべき理由
- 医療分野のスタッフと介護保険分野のスタッフの考え方の違い
- 医療と介護の連携
担当者が退院前訪問に同行すべき理由
退院前訪問には、病院から退院した患者が自宅に早く馴染めるために入院中から患者にあわした環境を調査し提案する大事な役割があります。現在の患者に必要な福祉用具を導入する簡単なものから、住宅改修をしてスロープや手すりを増設するといった大がかりなものまで関与します。
しかし、退院直後の症状が安定していない時期には有用ですが、回復が進んだ患者には不必要となる場合があります。
筆者は、退院前訪問に退院後関わるスタッフも同行することを勧めています。その理由として以下のようなことが挙げられます。
理由①:問題点と課題が発見できる
多くの病院や施設で退院前訪問には、患者と家族、病院でのリハビリの担当者のみが患者の自宅に訪れることがほとんどです。専門職になったばかりの新人が訪れることも多く、生活場面を想定した提案が不十分であることもよく見られます。
生活リハビリの専門である介護分野の理学療法士や作業療法士が退院前訪問に同行すると、病院スタッフとはまた違った視点で、生活環境の問題点や課題を発見することが出来るでしょう。
医療保険領域での視点と介護保険領域の視点を組み合わせれば、より広い視野でその患者・利用者の生活をサポートできる環境設定のアドバイスを行うことができます。
理由②:病院から在宅への導入がスムースに
一旦病院から退院すると病院スタッフの手から離れて、介護保険サービスのスタッフにバトンタッチされます。退院前訪問は、新しく利用者となる方との関係を作る大事な場となり得ます。利用者の不安を聞き、それに合わせた環境設定の案を提案することで信頼感が生まれ、その後のサービスの導入がスムースになるでしょう。
また、環境面やそれに対応できる利用者の能力がその場でわかるので、事前に問題点やリハビリプログラムが抽出できるでしょう。
訪問リハビリが始まれば、すでに情報や課題を把握できているので初回から積極的なアプローチができ、より効率的なリハビリが出来ると思います。導入をスムースにすることでより早く利用者のニーズを達成することが可能になります。
理由③:今後の伸びしろを考えた環境設定ができる
実は、退院前訪問後導入した環境設定でよく起こるのが、利用者がその時導入した福祉用具や手すり等を使用していないことです。十分に考慮して設定された環境設定がなぜ使用されていないのでしょうか。その原因の多くは、退院直後に比べて利用者の状態が良くなったことにあります。
利用者の能力は退院直後の能力に固定されるわけではありません。むしろその時よりも能力が向上することの方が多いです。退院直後には必要であった福祉用具や手すり等も能力が高くなると邪魔になってしまうことが往々にして起こり得ます。
病院で働く理学療法士や作業療法士等は、現在の能力にクローズアップして今後の伸びしろや利用者が用いるサービス内容に対してそれほど重要視しない傾向があります。病院で入院している期間より今後在宅で生活する期間の方が長くなります。多くの利用者で退院直後よりも能力が向上するでしょう。
その際に訪問リハビリの担当者が今後の伸びしろを踏まえて説明することで、今後の生活状況を踏まえた住宅環境の提案が出来るようになります。
過去に経験した医療と介護連携の失敗例
訪問リハビリを行うにあたってよく経験するのが、現在の利用者の能力に不釣り合いな福祉用具や手すりやスロープなどの住宅改修。最初は利用していた利用者も次第に使用しなくなり、放置されていることも多いです。
レンタルであれば返却することもできますが、購入であれば倉庫に片付けられてしまっていることもあります。以下に私が経験した住宅改修や福祉用具の失敗例を紹介します。
具体例①:人工膝関節置換術後のAさんの場合
Aさんの玄関に入ると、左手側に手すりと段差解消用の段差が取り付けられてあります。どのようにこの段差を乗り越えるんだろうと、Aさんに玄関から自室に戻りましょうと伝えると、その場で靴を脱ぎ右手の靴箱で身体を支え、一側で段差を乗り越えてしまいました。
手すりも段差解消も使わなかったので、いつもこのように登っているのですかと尋ねると、入院する前からずっとこの方法だったとのこと。手すりをつけてのはいいが、ほとんど使ったことすらないとのことでした。
具体例②:腰椎圧迫骨折後のBさんの場合
Bさんの家には、玄関から廊下、各部屋の出入り口に手すりが取り付けられていました。使用状況を確かめようと話を聞くと、最初の1か月ほどは腰の痛みもあり、手すりを持ちながら移動していたとのことです。
しかし、当時通っていたデイケアでリハビリを繰り返すうちに痛み無く歩けるようになったとのことです。私が介入した頃には家の中では手すりを用いず独歩で歩いており、時々手すりに服が引っ掛かって逆に恐い思いをしたことが何度もあるそうです。
退院前訪問に同行した具体例
それでは、筆者が退院前訪問に同行した具体例を報告します。退院前訪問に同行することで医療と介護間での連携が図れ、退院直後からより質の高いリハビリを提供できたのではないかと考えています。
具体例①:正常圧水頭症のCさんの場合
Cさんは家族と生活する80代の男性、認知症様の症状が見られ始め在宅生活が困難となり、受診すると正常圧水頭症と診断され手術が必要となりました。髄液シャント術後の径かも良く、歩行やADL能力が安定したため、退院方向となりました。
退院前カンファレンスで退院後の生活の組み立てとリハビリの必要性が示唆され、事前に家屋調査をすることになり退院前訪問が組み込まれました。
今回退院前訪問に同行したのが、担当の理学療法士および作業療法士、訪問リハビリで担当予定の理学療法士である筆者、ケアマネージャー、福祉用具業者、本人、家族でした。Cさんの家で集まり、担当の理学療法士および作業療法士が病院でのリハビリの内容と現在の能力を説明しました。
私はCさんがどこまで回復が望めるか彼らに尋ね、それを踏まえて福祉用具の提案をしました。例えば、玄関の上がり框は高いものの今後介助無しでも登れる可能性が見受けられたので、住宅改修で手すりを設置するより、据え置き式の手すりの方が有用ではないか等です。
ケアマネージャーからは、今後のプラン内容についての説明と、福祉用具導入についての利用料金等を話し合いました。福祉用具の業者はその場で在庫を確認し、退院前に福祉用具が揃えられるかを業者に問い合わせました。
退院後数か月たち、Cさんはほぼ自立して日常生活を送れています。退院前に導入した据え置き式の手すりも現在は使用していません。予後予測をした上で家屋環境を設定することが出来たケースでした。
具体例②:左人工骨頭置換術後のDさんの場合
左人工骨頭置換術後のDさん(女性)は、元々は一人暮らしで生活をしていました。入院中に杖歩行はなんとか出来るようになったのですが、一人暮らしするにはリスクが高い状態でした。
そのため、退院直後は娘の家で生活し一人暮らしをするかどうかは、今後の回復具合をみてから決めるということになりました。そのため今回は、娘宅に退院前訪問を実施することになりました。
バリアフリー環境の娘宅であれば、安心して生活することが出来そうでした。病院側の理学療法士と今後の伸びしろと一人暮らしの可能性について意見を求めました。
彼女の改善は病院では緩やかで、急激な能力向上は望めないだろうとのことでした。今まで過ごしていた家は、段差が多く浴槽も古いタイプのもので生活するとなれば様々な部分に改修が必要だろうとのことでした。
今回シャワーチェアーなどの必要な福祉用具は娘宅に導入し、娘宅に退院となりました。退院後週2回で訪問リハビリを実施、緩やかですが徐々に能力が回復し娘宅では自立して生活できるようになりました。
以前に住んでいた家は夫との思い出の場所、家を手放したくないDさんは家へ戻ることを希望します。娘宅ではなく彼女の家での訪問リハビリを行い、リスクのある部分は特に重点的に訓練をしました。
彼女の家での生活する目途がついてきたので、娘やケアマネージャーとも相談し、住宅改修を開始します。
今では、彼女は今まで通りに家での生活を継続しています。当初は、何か心配事があれば娘を通して私に連絡をくれていましたが、徐々に生活にも慣れていったようです。伸びしろを確認しながら段階的に住宅改修を進めたケースでした。
退院前訪問の課題
退院前訪問は、退院後の生活をスムースに始められるため、患者や家族の不安を軽減するために必要な手段です。しかし、病院では通常業務に追われ必要であることを理解していたとしてもなかなか訪問することが出来にくい状況にあります。
そのため、多職種協同して患者の家に伺うことが難しく、担当者のみで患者の退院後の方向性を決めてしまうことも少なくありません。以下に、退院前訪問に関する課題を説明します。
具体例①:多くの場合理学療法士や作業療法士のみで判断される
上述したように、多くの病院では通常業務に追われ退院前訪問に複数のスタッフで訪れることはほとんどありません。
そのため、担当の理学療法士や作業療法士等が単独で患者の自宅に訪れることがほとんどです。そのため画一的な見方になりやすく、患者の将来を見据えた十分配慮のある対応にはなりにくい現状があります。
具体例②:福祉用具や介護保険サービス、住宅改修等に精通している病院セラピストは少ない
病院で働く理学療法士や作業療法士等は、介護保険領域で働いた経験のある者は少なく、医療保険領域で治療技術や知識のレベルアップに尽力している者が多い傾向にあります。
もちろん介護保険のサービスやバリアフリー展などの福祉用具機器展に参加している者もいるでしょう。しかし、まだまだ少数派のように思われます。
そのため、最新の福祉用具や介護サービスについての知識が追い付かず、適切な介護保険サービスについての情報を提供することは困難でしょう。要介護認定を受けた方の退院前訪問の成否は、担当者の介護保険に対する知識量に左右されると言っても過言ではないでしょう。
具体例③:現在の能力で判断されるため今後の伸びしろに関してはあまり考慮されにくい
病院で勤務する理学療法士や作業療法士等は、現時点での患者のリスクを最優先する傾向にあります。入院したばかりの患者は常に様々なリスクを持っています。リスクを最大限に回避することを生業としてきた、病院スタッフは退院後も現在のリスクに目を向けがちになります。
そのため、今後患者の伸びしろに関する考慮が甘くなりがちで、現時点で有効な環境設定を整えることを優先します。今回紹介したAさんやBさんがその典型例で、退院後にリハビリを継続するという視点があれば違った環境設定が出来たのかもしれません。
具体例④:医療と介護の連携についてのお互いの認識不足
病院で働く理学療法士等が介護保険領域の知識が不十分なように、介護保険領域で働く理学療法士等もリスク管理に対する知識が不十分であることが多いです。
特に最近では、養成校を卒業後、病院を経由せず介護保険領域で就職する人も増えています。そのため病院では当たり前に行われてきたリスク管理に対する理解が甘くなりがちです。
また、疾患に対する理解も不十分なまま、ADLを改善しようと動作訓練を中心に行う理学療法士等も増えています。
医療側・介護側ともお互いの得意分野を尊重し合い、より患者のゴールに向けた取り組みを行っていく必要があります。そのためには医療・介護双方ともお互いの意見を言い合える場が必要だと感じています。
具体例⑤:そもそも退院前訪問の際に声がかからない
退院前訪問に同行したいというセラピストも増えてきている中、最も大きな課題として挙げられるのが、退院前訪問に他の法人の理学療法士や作業療法士等が呼ばれることがほとんどないという点です。
退院前訪問はまだしも退院前カンファにさえケアマネージャー以外で声がかかることは少ないです。
介護医療連携や地域ケアシステムを構築していく上で、横のつながりは重要となります。
しかしながら、現時点ではまだそこまでには到達していません。退院前訪問に訪問リハの担当者が同行することのメリットを病院の担当者にも理解してもらうようにこちらからの働きかけが必要となっています。
まとめ
最近では病院の在院日数が短縮され、より早期に患者を退院させることが必要となりました。退院前訪問は患者が早期に退院できるように、入院中に患者の退院後の生活が安全で快適なものとなるように、環境調整やアドバイスを行う大事な機会です。
しかし、患者の予後や伸びしろを考えて行わないと、導入した福祉用具や住宅改修は意味のないものとなってしまいます。
より患者や利用者の退院後の生活を実りあるものにするために、医療と介護がしっかりと連携をとっていく必要があります。退院前訪問にも訪問リハ担当者も積極的に介入し、将来を見据えた環境調整やアドバイスを行うようにしましょう。
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