『介護職はやってられない!』は目的のない逃げの選択なのか?

このページにたどり着いたということは、心のどこかで「介護職はやってられない」「介護の仕事は辛い」と感じているのではないでしょうか。

確かに介護業界を去る人は多く、介護職という言葉には、給与・人手不足・夜勤・セクハラ・パワハラ・きつい・忙しい・人間関係・将来性といったキーワードが常に付きまといます。

自分が今置かれている状況を振り返ったり、他人のエピソードを聞いたりすることで、選択肢が増えるということがあります。

もしかしたら「やってられない」と感じる理由が、介護業界に対してではなく、今の職場に対して抱く感情かもしれません。

いずれにしても「辛いから辞める」という短絡的な答えを出すのではなく、これを機に一度振り返ってみるのはいかがでしょうか。

ここでは「介護職を辞めたい、やってられない」と感じた人が、どのような選択を取ったのか、どのような心境の変化があったのか、3人の転職事例「介護職は辞めるべきか、続けるべきか」をご紹介します。介護職ならではの仕事の悩み、そして新たなスタートの先に求めるものとは、一体何のか?

介護職をやってられないと思ったきっかけ

昨年末、介護職402人に対して実施したアンケート結果と、フリーコメントを一部紹介します。介護職をやってられないと思う理由に、どのようなものがあるのでしょうか。

仕事を辞めた理由はどれに当てはまりますか?

介護士をやってられないと思った理由

アンケート項目として、職場環境に対する様々な不満。ダントツ1位は「職場の人間関係に問題があったため(100人・27.4%)」となりました。職場の人間関係は、介護業界に限らず、どの業界でも言えることですが、辞めたい理由の約30%を占めており、非常に高い結果となりました。

続いて「収入が少なかった(64人・15.9%)」となりました。国の給与改革はまだ業界全体に浸透しているとは言えず、民間企業の給与改革は経済力のある一握りの法人のみと言っても過言ではありません。

「結婚・出産・妊娠・育児のため(36人・9.0%)」「働き方・就業時間に不満(34人・8.5%)」が3位・4位と続くことから、人事制度の改革は実情ではあまり追いついておらず、育休・産休・時短勤務などフレキシブルな働き方が出来ていないことが容易に想像出来ます。

職場環境が悪く、給与さえも低いという状況では、いくら介護のお仕事が福祉事業だとしてもやってられないと思う気持ちは分かります。

今の仕事、やってられないなと思った瞬間は?(フリーコメント)

職場が嫌いというか、先輩が嫌いな人が多い。別業界から未経験で介護職をしているが、ここまで人間関係がギクシャクしているとは思わなかった。(30歳/女性)
お局に逆らうと仲間外れにされる。メンタルをやられて休職した人がいた。そのお局はなぜか正社員には厳しく、パートと派遣スタッフにはものすごい優しい態度を取る。(22歳/女性)
入居者が緊急搬送された1時間後くらいに、部下4人くらいに、空室待機者へ照会を指示していた。この人とは仕事したくないと思った。(33歳/女性)
施設長の親戚という理由で介護経験半年の人が、デイサービスの管理者をやっている。汗水たらして働いてきたのに給与格差が大きく、介護職はやってられない。(33歳/男性)
人間関係が疲れて辞めた。働いてから1年もすると入居者よりも同僚や先輩に気を使うことが多くなって、嫌気が差した。(23歳/男性)
施設長が、明らかに自分が都合の良いにシフトを組んでいる。恐らく不倫している若手社員にはいい顔をしている。(31歳/女性)
ヒアリハットがあっても記録には残そうとしないフロアリーダー。証拠隠滅がまかり通ってしまう風潮があった。(29歳/女性)
入居者のセクハラが常態化していて、心身ともに疲れ果てた。やってられないと思い続けて3年が経過したが、良い職場を求めて転々としている。(31歳/女性)
勤務年数が短いヘルパーさん、ナースさんには強気な態度で、ドクターさんにはへこへこした態度。後輩として見てて情けない。(30/女性)
医療行為と介護の境目が酷い施設があった。摘便を強要されたこともしばしばあった。「他の人はやっている。この施設では当たり前」と先輩から強く言われたので断れなかった。(26歳/男性)
介護士が必要性がある仕事だと言われてもやってられない。そもそも、外国人で人手不足を補う政府の姿勢に腹が立つ。社会全体で介護士に対する評価が低い。福祉の国家資格にも関わらず、生活に困窮する人も少なくない。(34歳/男性)
椎間板ヘルニアで立ち仕事だけでなく、座っていることも困難になり介護の仕事が出来なくなった。(36歳/男性)

人材定着には課題が山積

施設の経済力が違えば、当然のことながら月々の給与だけではなく、ボーナス、退職金の額が違います。

他の施設に勤めている友人の話を聞き、大きな待遇格差から「介護職はやってられない」と思う人もいるでしょう。事業所の理念の違いから、施設長・フロアリーダーとの価値観が合わず、介護業界を去っていく人もいるでしょう。思いとどまり、やり甲斐を見出し、介護職を続けた人もいるでしょう。

何の迷いもなく次の行動に踏み切れる人は少なく、介護職を続けるのか、辞めるのか、様々な葛藤に悩まされているはずです。ただ誰からか助言があったとしても、結局のところ、次にどのような道へ進むかは自分で決断しなければならないのです。

次からは、「介護職はやってられない」と感じた人が、どのような決断をしたのか、エピソードをご紹介します。このエピソードが、未来に向かって力強く進むための材料として参考になれば幸いです。

介護職は辞めるべきか、続けるべきか

ここからは、介護職を続けた人、介護職を辞めて異なる職種へチャレンジした人の転職体験談をご紹介します。

5年目に感じた苦悩と年収400万円の壁(山岡さん)

5年目に感じた苦悩と年収400万円の壁(山岡さん)

私の職務経歴書

2011年4月
準大手老人ホーム運営会社に新卒で入社
ケア業務(食事介助、入浴介助、備品の発注など)や新人教育、ケア記録の入力作業。ケアマネジャーと連携し、自立支援に向けたより介助業務。
2014年4月
副主任に昇格
介護福祉士の資格を取得。介助業務以外に中途1次面接担当や新人研修、教育に携わる。
2015年3月~2017年2月
オンラインプログラミングスクールと、友人が経営するベンチャー企業でトリプルワーク
介護の仕事と並行しながら、休日や空き時間のほとんどをプログラミングの勉強時間に充てる。Javaを習得。
2017年4月
WEB・ゲームアプリ会社へ入社
大規模なシステム開発をはじめWEBサイトやアプリケーションの開発を行う。

医療福祉大学を卒業後、首都圏を中心に有料老人ホームを展開する準大手民間企業に新卒で入社。2014年4月より介護副主任に昇格。

介護福祉士や社会福祉士の資格も取り、ケアマネになるまでの道半ば、「介護士なんかやってられない」そう感じたのは30歳を迎えた冬頃。

8年ぶりに、知人と再会し、年収や住宅ローン、子供の養育費の話をした時に、自分が貰う給与の低さに愕然としたようです。結婚を視野に入れていた当時付き合っていた彼女には、その明細書は見せられませんでした。

5年目に感じた年収400万円の壁。将来のことを考えた時、高齢者の笑顔のために頑張るという原動力だけでは限界がある。当時30歳の山岡さんが挑んだ、介護士から未経験エンジニアへの道とは?

介護士から未経験でエンジニアへ転職

介護士を辞めて別の道に進もうと思ったきっかけは、2つあります。一つ目が、高校の友人に久しぶりに再会し、年収や住宅ローン、子供の教育費の話題となり、自分が今貰っている年収が明らかに同世代と比べて低かったこと。2つ目に、自分が勤めていた介護の現場に、利用者の状態を一元管理出来るWEBアプリケーションが導入され、自分だったら「こういうITシステムを作りたい」と思い始めるようになったことです。

正直、介護士を辞めるという決断を下すまでに相当考えました。どちらかというとパソコンは苦手な方で、使えたスキルはExcelのSUM関数くらい。当時のパソコンスキルから考えると、パソコンが苦手でプログラミング言語と無縁な私がよくエンジニアになれたなと思います。

ただ並大抵の努力では、ここまでこれなかったと思います。介護の仕事は契約社員という形で勤務時間を減らし、空いた時間はプログラミングスクールと、友人が経営するベンチャー企業の現場でプログラミングを勉強しました。夜勤明けの勉強は、何度も挫折しかけました記憶があります。

一般的に、初歩的なアプリ開発だと200時間が習得期間の目安とされているようですが、変則的な時間の使い方だったので、私の場合約2年弱かかりました・・・。

今は、全く業務に支障なく、エンジニアとして働いています。数年前まで介護士をしていたのに、まさかこのような働き方になるとは想像もしていませんでした。

介護業界はまだまだアナログです。電子化されていない書類は山ほどありますし、そもそも現場で働く人のITリテラシーを向上させなくてはなりません。IT企業の現場で一般的に導入されている技術をそのまま介護の現場に持ち込むだけでも、業界全体の生産性が変化するのではと感じます。

ITはあくまで技術ですので、ITを導入することが目的になってはならないと思います。現場主導で改善点を見つけ、それをエンジニアが咀嚼することが何より大事です。もっとスキルを身に付け、私自身がエンジニアと介護の現場の橋渡し役になること。それが今の僕の目標です。

次は私が介護士を支える番だ(北中さん)

次は私が介護士を支える番だ(北中さん)

私の職務経歴書

2008年4月~2015年4月
介護老人保健施設に新卒で入社
身体介護全般、アセスメント及びケアプラン作成、新人教育。2015年6月に介護福祉士の試験合格。
2015年9月~2017年3月
グループホームへ転職
身体介護全般、アセスメント及びケアプラン作成、フロアリーダー業務、入居営業業務、介護報酬等の請求業務、苦情処理、人事評価
2017年8月~
介護・医療業界向け人材紹介会社へ中途入社
身体的理由から4か月の休職期間を経て、人材紹介へ転職。主に、介護士やリハビリセラピストの転職支援に携わる。

「人の役に立ちたいという想いは変わらない。次は私が介護士を支える番だ。」そう語る北中さん。北中さんは、介護福祉士の資格をとって働き方を変えようと思いましたが、不規則になりがちな生活を続けていくのは体力的に厳しいと思い、別の道を選びました。

選んだ仕事は、キャリアアドバイザー。介護士という経験を活かし、人材紹介サービスを通じて、新たな雇用創出に貢献したいと考えたそうです。

現在は、首都圏を中心に、介護士やリハビリセラピストの転職支援に取り組み、日々求職者の不安や悩み相談を受けているそうです。

直接、介護施設に足を運ぶことも多いようで、施設長や人事担当者と一緒に、人手不足という大きな壁に挑戦しています。

前職の経験を活かし、介護士を支えたい

「人材ビジネスを通して、より多くの施設や介護士が介護業界にプラスのイメージを抱ける社会を作りたい。介護業界全体を変えるような仕事がしたい。」今勤める会社の最終面接ではこのように強く言いました。

介護士を辞めようと思ったのが、夜勤続きで体力的に仕事を続けるのが難しいと感じたからです。しかし、介護士の経験を活かし、何か人の役に立ちたいという想いは変わりありませんでした。

体調を崩し4か月の休職期間中、今後について考えていたところ、知人の紹介でキャリアアドバイザーという仕事を知りました。実際に転職サイトに登録して、5名のキャリアアドバイザーに会って話していく中で、その魅力をたくさん教わりました。

キャリアアドバイザーという仕事は人の人生の岐路に立つ大事なもので、間違いなく自分の言葉や行動一つで方向が変わってしまうという責任感、そして転職が成功した時の喜び、また利益ではなく、利他主義の精神で求職者一人ひとりに向き合う姿勢に心惹かれました。

確かに、介護士をしていた時、自分のことが精一杯でやってられないという気持ちに何度もなりました。

ただ、今の自分があるのは施設での経験があるからです。介護士の仕事もキャリアアドバイザーという仕事も、仕事の大義は「人に対して何が提供できるのか」という点では同じだと思います。ここまで成長させてくれた介護業界を人材紹介というサービスを通じて盛り上げ、恩返ししたいと思います。

辞めるという選択は「目的のない逃げ」だった(田村さん)

辞めるという選択は「目的のない逃げ」だった(田村さん)

私の職務経歴書

2013年5月~12月
特別養護老人ホームに新卒で入社
ユニット内利用者数22名・介護士9名 介護業務(食事介助、移乗介助、排泄介助等)、レクリエーションの企画
2014年1月~12月
同法人の回復期リハビリ病院へ移動
病棟内患者数48名・看護師23名・介護士13名 介護業務
2015年1月〜2018年3月
同法人の緩和ケア病棟へ移動
介護福祉士の資格取得。病棟内患者数55名・看護師15名・介護士10名 末期がんの患者様の身体的・精神的苦痛を緩和
2018年4月〜
特別養護老人ホームへ転職
副主任に任命。特別養護老人ホーム120名・短期入所生活介護32名・通所介護 ケアプランや各種委員会会議のレジュメ作成。ヒヤリハット作成。メンバー25名のマネジメント。

「介護士であることを誇りに思います。」そう語る田村さん。介護士を辞めようと思ったのは、末期がん病棟にいたことで看取りをするのが多く、自分の力が及ばないことを痛感し、精神的に辛くなってしまったそうです。

上司に退職の意思を示したとき「何か他にやりたいことがあるの?」その投げかけに一瞬戸惑いました。「何のために介護士を辞めるのか」その答えは口から出ません。「辞める」という選択は、精神的に余裕がなかった自分の「目的のない逃げ」だったことに気づかされたそうです。

また、介護士を続けていこうと思ったキッカケは、利用者様のご家族からの1通の手紙でした。自分がやってきたことが人から認められた瞬間でもありました。昨年、介護福祉士の資格も合格し、プライベートでは結婚が決まり、順風満帆のようです。

家族からのお礼の手紙が支えに

1年前まで担当していた利用者様は要介護5で何かを伝えたり、訴えたり、話したりすることも難しい方でした。その方の考えや思いをいかに汲み取り、ケアに反映していくか、日々ドクターやナースを交え、スタッフ間で話しあいながらケアを行っていきました。

時折、娘さん、弟さんが面会に来て下さり、居間で手を握りながら優しく声をかけるその姿は、私たちスタッフの心を温かくしてくれましたし、励みになりました。

入所から4年が過ぎ、徐々に容態悪化が見られ、昨年その利用者様は息を引き取られました。介護士としてもっとすべきことはなかったのか、スキル不足でできなかったことはないか、自問自答する日々が続きました。

その1ヵ月してから、娘さんと弟さんよりお手紙が届きました。そこには感謝の言葉とともに、「母に優しくしてくれたように、これからも利用者の皆様の助けになってください。」と書かれていました。

これまでご家族に感謝されるという経験がなかったので、非常に嬉しかったですし、ご家族の方がやってきたことを見てくれていた、そのご家族にちゃんと伝わっていたんだと実感した一言でした。

介護士は確かに世で言う辛い仕事であることは間違いないです。ただ、人対人の仕事ならではの楽しさはあると思いますし、その楽しみ方にゴールはないと思います。

また、健康な状態でいられる今の自分がいかに自由で幸せであるか、当たり前の生活が、いつかは当たり前ではなくなるという現実を毎日目にして、自分の一日一日を大切にしようと考えるようになりました。

大変さ以上にこの仕事から教わることの多さに気づいた今、介護士をやっていて良かったと思うと同時に、介護士であることを誇りに思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか。3人の転職体験談から、仕事の悩みと、その後をご紹介しました。エンジニアやキャリアアドバイザーのように全く違う業界へチャレンジするというのは、ごくまれなケースかもしれません。

しかし、2人に共通して言えることは、自分がやるべきこと、やりたいことを見失わなかったことです。

田村さんの言葉にあるように「辞めるという選択が目的のない逃げ」であってはありません。

少なからず、自分がなぜ介護職の道を選んだのか振り返ることで、今まで培ってきた経験が次の機会に活かせることでしょう。

注意

当サイトはユーザー様の善意の書き込みによって成立しているサイトです。しかし口コミの中には意図しない内容が投稿される場合がある点を、予めご理解いただきますようお願い申し上げます。サイトに投稿された情報は必ずしも正確であるとは限りませんので、自己の責任と判断でご利用ください。なお、投稿頂いた内容に、主観的・感情的な表現、もしくは個人を誹謗中傷するような表現がある場合、運営側で掲載可否を判断させて頂きますのでご了承ください。